暗闇の空き缶捨て場

闇があふれ出た空き缶の戯言

ムーンロード(小説)

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ムーンロード
 

 

 満月の夜、男が海岸沿いを歩いていた。


 静寂に包まれた海岸。


 静かに波打つ黒い海は月の光に照らされ、月の真下は月光で出来た道が掛かっていた。


 人々はこの現象を「ムーンロード」と呼んでいた。


 そんな自然の神秘には目もくれず、男は海岸沿いの道をとぼとぼ歩いていた。


 歩き続けて男は桟橋に到着した。桟橋には、長く白い髭を生やした老人が立っていた。

 

「……そこで何をしているのですか」
 

 男は桟橋に足を着ける直前で立ち止まり、老人に話し掛けた。

 

「月光浴だよ。今日は満月が綺麗だろう?」


「そうですね」


 老人の問い掛けに男はそっけなく答えた。


「お前さんこそ、こんな時間に一人で何をしているんだい?」


「……日課なんすよ。ここに来るのが」


 面倒くさい爺さんに捕まった、とでも言いたげな表情を浮かべながら男は答えた。


「そうかいそうかい。まあしかし、夜に男一人とは珍しいな」

 

 男の素っ気ない素振りを気にすることなく老人は質問を続けた。


「別にいいでしょ」


「彼女とかおらんのか?」

 

 男は老人から見えないよう右手を背後に隠し、ぐっと握りしめた。


「……なんでそれを訊くんですか?」


「お・ら・ん・の・か?」


「……いたよ、いましたよ。去年までですけれど」


「ほうほう。その子はどんな女性だったんだい?」


 老人は興味深そうに尋ねた。

 

 男は一瞬、わざと唇を嚙んだ。

 

「……素敵な女性だったんですよ。すらっとしてて、長い黒髪が似合う顔つきで」


「わりと警戒心が強くて。ナンパしてきたり飲み会で狙ってくる男には無茶苦茶な事を言い放って追い払ったりしていたっけ。でも、誠実な対応にはとことん応えてくれたんです」


「……嬉しかった、勇気出して告白して、それを受け入れてくれた時は。生きていて一番『俺は幸せだ』って思えた瞬間で」


「……どうして、自殺なんかしちまったんだろう」


 先程まで嬉々と彼女のことを語っていた男の表情が一瞬で曇った。


 苦々しく唇をを噛み締める男の表情を月光が明るく照らす。


「家族のことは殆んど話してくれなくて、個人のナイーブなところには触れない方が良いと思ってたんです、当時は。でも、命を絶つほど思い詰めていることがあったなんて……。悔しいですよ、情けないですよ。辛いことや悩んでいることを話せるほど信頼はされていなかったんだって」


 男は目を隠すように手を顔に被せた。しばらくして手を離した時、男は力むように目を見開いているようにみえた。


「そう泣くな。こんな優しい男に愛されたんだ。彼女はきっとあの世で幸せに暮らしているよ」


 老人は男の肩に右手をぽんと置き、左記ほどまでよりも優しい声で諭すように宥めた。


「いえ、あいつは天国に行けません」


 男は反論した。彼の右手は再び強く握られていた。


「自殺した人が天国になんか行けるわけないでしょう。どんなに心がキレイだって、それを俺が主張したって、地獄の底に落ちていくしか無いんですよ」


「まぁ自殺は重い罪さね。けどよ、地獄が千の底にあるとは限らんだろう」


「は?」


 老人は天を仰ぎ見て満月を指さした。


「ここから観た月は美しく幻想的だ。現地もそういう場所なんだろう、ってこの地に縛られた人々はずっと信じていた」


「だが科学技術ってやつが本当の姿を暴いちまった。砂と岩だけの凸凹した不毛の土地、陽が当たれば灼熱で当たらなければ極寒、それはまるで――」


「地獄」


 男はぼそり、と呟いた。


「そうさ。天国と地獄なんてのは上と下で離れているものじゃあない。表と裏の紙一重か、もしくはゴチャゴチャに混じって混沌としているのかもな」


「……」


 老人の話を男は黙って聞いていた。


 海にかかった月の道が先ほどよりも明るく、まるで実体を持っているかのように輝きはじめた。


「進むのか? お前も」


 老人は男に問いかけた。手にはいつの間にか船を漕ぐ舵を持っていた。


「……ええ。覚悟は決まりましたから」


 男は頷き、海の方をみた。


 桟橋には、今まで見当たらなかった黄色に輝く小舟が停まっていた。

 
「そうか、なら早く乗り込むんだな。船が表れるている時間は思っているよりも短いぞ」


 老人に促されるがまま男は船に乗り込んだ。 


 老人も乗り込み、舵の先端を海中に浸けて押し出すように前後に振った。


 二人を乗せた小舟はゆっくりと前進し、沖へと進んでいく。


 月の光で出来た明るい道の真ん中を、進んでいく。


 1時間も経つと小舟は港から遠く離れ、豆粒のように小さく見える程度になっていた。

 
 満月が雲に隠れてムーンロードは消え、船の姿は見えなくなった。


 満月が顔を出すと月光の道は再び現れ――しかし船は、二人を乗せた小舟は姿を消していた。

 

あとがき

 先日ちょっと伊豆の方に行く用がありまして。宿で見たムーンロード(月の光が夜の海面に映って道が掛かっているように見える現象)に触発されて書いた文がこちらになります。

 このブログでは時々こんな風に掌編の小説をUPすることが時々ですがあると思います。

 よろしくお願いします。 <(_ _)>